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モーリーの呼吸問題と睡眠時無呼吸症候群~軟骨無形成症の合併症~

モーリーの生活

こんにちは!軟骨無形成症を持つ息子・モーリーの母、えりかです。アメリカで3人の子育てをしています。

軟骨無形成症の合併症の一つである睡眠時無呼吸症候群。モーリーが生まれてから呼吸問題と睡眠時無呼吸症候群に関しては本当に悩まされました…生まれた時から呼吸については懸念となるサインが色々出ていたものの私も地域の病院も軟骨無形成症の経験値が乏しく、手探りのような状態でした。

軟骨無形成症の呼吸管理・睡眠時無呼吸症候群で一番大変なのが1歳~3歳ごろです。今回はモーリーが生まれてからの呼吸問題と睡眠時無呼吸症候群のお話していきたいと思います。

軟骨無形成症のお子さんが生まれていろいろ悩まれている方にこんな症例もあるんだ、こんな風に対応していったんだと少しでも参考になれば幸いです。また、同じような状況で悩まれた方にはひとりじゃないよ、お互い沢山頑張りましたね!ときっと共感できるような内容になっていると思います。

軟骨無形成症の合併症・子供の睡眠時無呼吸症候群について詳しく書いた記事はこちらになります。

ここに書いている内容は、軟骨無形成症を持つ息子・モーリーと私たち家族の経験をもとにまとめています。ご自身やお子さんの症状については必ず医療機関での受診と診断にてご判断お願い致します。

はじめての入院

産後、退院してから少し気になっていたのが赤ちゃん用のカーシート(チャイルドシート)に乗せたときのなんとなく顔色が悪い?唇の色…これが普通?と疑問に感じる小さな異変でした。

産後10日ほどたったころ、ニューボーンフォトの撮影をしてもらいました。フォトグラファーさんが時々、顔色悪くないかな?と首をかしげながら調整しながら慎重に撮影してくれました。帰る頃にはやっぱり顔色が気になるかも?と思ったので主治医に連絡するとすぐ連れてくるように指示されました。

病院に行く少し前に撮影して医師に送信した写真
うっ血して健康的な赤というより、少し変な紫がかった赤色をしていました。

ニューボーンフォトから病院へ直行。病院についてすぐ酸素を計測すると数値は70~80代でした。(正常値は95以上)即入院と言われ、バタバタと緊急入院となりました。診断は風邪。一般的なウイルスへの感染。ただまだ新生児だということ、そして難病を持っているという点から大事を取って一通り調べることになりました。

数日で退院できたものの、難病の特徴から背中がカーブする育児用品は呼吸困難を起こしやすいということを知った医師からフラットベッドカーシートを勧められ、すぐに購入しました。

そして、自宅に血中酸素飽和度けっちゅうさんそほうわど(SpO2)を自宅で測る機械・パルスオキシメーターを持ち帰るように医師から指示があり、医療用のレンタルのものが処方されました。

血中酸素飽和度けっちゅうさんそほうわど(SpO2)を測る機械・パルスオキシメーター

この血中酸素飽和度けっちゅうさんそほうわど(SpO2)を自宅で測る機械・パルスオキシメーター…医師からは夜の睡眠時に装着するよう指示がありました。ただ…音が鳴る、鳴る、鳴る、鳴る、鳴る…酸素より心拍数でなることが多く、アラームの調整をするもとにかく数十分に1度鳴るんです。泣ている時の赤ちゃんの動きで足につけているテープが外れて鳴るということもよくありました。医師にも確認したのですが今のところそれで大丈夫と言われました。

2か月ほど頑張ったころ…授乳だけでなく機械音でひたすら起こされる日々…アメリカは車社会。毎日娘の学校の送り迎えもあります。全然寝てない日々が続くと自然と短い運転でも運転中に強い眠気に襲われるようになりました。ある日、運転していた時に『今、絶対一瞬寝ていた!』と感じた時がありました。子供たちと自分自身の身に大きな危険と恐怖を感じました。

その日の夜、寝るときパルスオキシメーターを見つめました。これを付ければモーリーの睡眠時無呼吸症候群や乳児突然死症候群が防げるかもしれない…でもこのまま睡眠不足が続けば私は車の事故で子供全員を亡くしてしまう可能性もある…

もうこの時には難病と診断されてそのショックで産後鬱状態になっていたこと、まともに睡眠がとれない日々が続きすぎていたこと、精神的にも体力的にも限界を迎えていました。そこで「機械を使うのをやめよう。私には子供みんなの命を守る責任がある。でも全部はできない。もう無理。」誰にも言わず、そっと機械の電源を切ってその日からパルスオキシメーターを使用することをやめました。機械の使用をやめた日から授乳に起きるだけで数時間ずつの睡眠がとれるようになりました。

今でもこの行為はモーリーを危険にさらす最低な行為だったと思っています。罪悪感を毎日感じていました。でも同時に同じように続けていたら私は色々崩壊していたとも思います。本当に車の事故を起こしていたかもしれません。この時、本当に誰に何を相談していいのかわからず、いっぱいいっぱいでした。正直、この時の細かい記憶がないほど精神的に窮地に立たされていた時期でした。

モーリーの睡眠時無呼吸症候群の診断と人生初めての手術

モーリーの初めての睡眠テストは生後4か月の時でした。遠方の大病院を受診した際、医師が軟骨無形成症の子はまず睡眠テストをするのが重要と言われ、睡眠テストをすることが決まりました。生まれた時から母乳を吸うと呼吸困難になることがあったり、風邪を引いて入院したり、すでに呼吸問題があるサインが出ていました。

モーリー初めての睡眠検査の様子

アメリカの睡眠検査は入院扱いにならず、夜7時くらいに施設に行って一晩泊まって朝6時には解放されるという本当に夜のみの検査です。睡眠検査ってこんなに機械を取り付けるんだと初めて知った私はびっくり。こんな状態で寝れるの?と思うくらい頭にも胸にもいろんな装置の先端がペタペタベタベタ貼られていきました。思ったより本人は不快感がないのか文句も言わず、一晩寝てくれました。

睡眠検査が無事に終わり、翌朝には家に帰宅しました。午前中には担当医師から直接連絡があり、とっても焦っている雰囲気で「準備をして今すぐ病院に来てください。即、入院になります!」と言われました。

睡眠検査の結果はなんとAHIの数値が27!!!衝撃的な数字で言葉を失いました。AHIとは無呼吸低呼吸指数のことで、睡眠 1時間あたり に、無呼吸と低呼吸が合わせて何回起きたかという平均回数を示します。医師が焦って電話した理由がわかりました。2~3分に一度は無呼吸と低呼吸が起きているということ。小児の場合、数値が10で重症なのでモーリーの場合、超々重症ということです。

治療方針が決まるまで一旦、酸素を付けられ、顔色もよく、機嫌の良いモーリー。

そのまま入院、生後4か月でアデノイドと扁桃腺(一部)切除手術を行いました。扁桃腺は月齢数が幼いため、全切除は出血のリスクがあるということで一部切除となりました。医師曰く、この扁桃腺とアデノイドの切除手術は手術自体は簡単なものらしいのですが予後の痛みが大変なのと、回復に時間がかかるため術後が少し大変ということでした。実際、4か月のモーリーは術後は交通事故にでもあったのかと思われるほど点滴で顔がむくみ、鼻血を流し、痛みで泣き叫び…とても大変でした。

手術後の写真:点滴と手術で体全体がパンパンにむくんでいて
喉の腫れも痛そうで痛々しい姿でした。

この時、舌小帯短縮症ぜつしょうたいたんしゅくしょう(舌の裏にあるヒダのようなところが短いまたは舌の先の方までくっついている状態)も指摘されましたが一旦は様子見になりました。耳鼻科の医師の見解ではこれが寝ているときに舌が喉の方に下がるのを防いで、睡眠時無呼吸症候群の助けになっているかもだから残したいとのことでした。

術後も腫れがひどく、なかなか安定しませんでした。退院しても夜には酸素の数値が下がり、救急に戻って、再度入院になったり、完全に回復するまで少し時間がかかりました。術後1週間過ぎくらいから通常の生活に近い形に戻っていきました。

軟骨無形成症とCPAP

アデノイドと扁桃腺の切除手術だけでは呼吸問題が完全には改善されなかったため、1歳過ぎまで睡眠時に在宅酸素で酸素投与、1歳の途中からCPAP(睡眠時無呼吸症候群の患者のための睡眠時の呼吸をサポートする機械)を使用することになりました。

1歳から1歳半過ぎまでは風邪を引く=入院というくらい毎月のように入退院を繰り返しました。これ以上繰り返すようなら気管切開(首のところに穴をあけて呼吸をしやすくする方法)も覚悟してほしいと医師に言われました。正直、今までいい報告を聞くことがなくて次から次へと何かが起こる日々だったので、また極地に立たされたように感じて大泣きました。何とかギリギリで気管切開はせずに済んだものの呼吸問題の悩みがなくなることはありませんでした。

2度目のアデノイド・扁桃腺切除手術

2歳半の時にCPAPを使用していてもいびきがひどくなったため、耳鼻科の定期健診で相談しました。すると以前切除したアデノイドが50~70%ほど元の大きさに戻っていることがわかりました。そのため扁桃腺の完全切除・アデノイド再切除手術を受けることになりました。活舌の悪さも目立ってきていたので舌小帯短縮症ぜつしょうたいたんしゅくしょうもこのタイミングで切って舌の動きを良くしました。すでに睡眠時無呼吸症候群の対策としてCPAPを使っていることもあり、舌小帯短縮症ぜつしょうたいたんしゅくしょうを残しておく必要はないという判断でした。

生後4か月の時の手術に比べて驚くほど術後がスムーズでした。術後1週間は痛み止めを調整しながら与える必要がありましたが比較的元気で術後の呼吸も退院してから安定してました。現状まだCPAP使用中です。

術後、おもちゃで楽しそうに遊ぶモーリー

舌小帯短縮症ぜつしょうたいたんしゅくしょうは切除してから本当にびっくりするほどおしゃべりが上手になり本人もいろんな発音ができるようになりました。下の動く範囲が格段に変わったのが目に見えてわかりました。正直どのみちCPAPで呼吸管理しているなら舌小帯短縮症はもっと早くに切ってあげてもよかったのかなと手術をしたことで感じる部分がありました。

次の睡眠検査で何か状況が変わればモーリーの経過を更新していきたいと思います。

まとめ

モーリーの呼吸問題・睡眠時無呼吸症候群は入退院を繰り返す元凶になっていて、本当に本当に神経が磨り減る思いでした。入院するたびに本人が一番辛いんだから…と心ではわかっていても自分自身も精神的・身体的に相当しんどかったというのが正直なところです。娘たちも夫も入退院を重ねることで多少慣れはするものの負担は大きいものでした。

幼少期にこんなに何度も外泊を繰り返し、家にいない母はそう多くはないでしょう。「さみしい」と思う場面もあったかもしれません。でも娘たちも幼いながらに理解して頑張ってくれました。

呼吸=生死に直結する。それをみんなわかっているからこそ、家族みんながモーリーに生きてほしいと必死だったと思います。もう無理、私にはできない、逃げたい、疲れた…ネガティブになったり絶望を感じることが何度も何度もありました。でも、目の前のモーリー、娘たち、夫が諦めずにサポートしてくれたり我慢してくれたから今があると思っています。

1つ言えることは子供が大きくなっていくことで多少改善していきますし、だんだん強くなっていきます。大変なのは最初の2年くらいと多くの先輩ママパパに言われてきましたが、本当にその通りだったなと感じています。今、幼い軟骨無形成症のお子さんと頑張ってる親御さんには戦っているのは一人じゃないよ!少しずつ良くなっていくよ!と伝えたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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